ハンサム・ウーマン 新島八重と明治の京都

ハンサム・ウーマン 新島八重と明治の京都 page 7/14

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47 デイヴィス(1838 ~ 1910)アメリカン・ボードが日本に派遣した宣教師の1 人。ベロイト大学及びシカゴ神学校を卒業。当初は神戸に居住し、のちに京都に移った。同志社大....

47 デイヴィス(1838 ~ 1910)アメリカン・ボードが日本に派遣した宣教師の1 人。ベロイト大学及びシカゴ神学校を卒業。当初は神戸に居住し、のちに京都に移った。同志社大学京田辺キャンパスの「デイヴィス記念講堂」にその名を残す。柳やなぎ原わら前さき光みつ(1850~1894)京都府出身の公家で、大正天皇の母・柳原愛子の兄。大正時代、「筑紫の炭坑王」伊藤伝右衛門の元に嫁ぎながら記者・宮崎龍介との恋に走り、「白蓮事件」として世を騒がせた柳原白蓮は、前光の次女。宅で行われた。その前日、八重はデイヴィスよりキリスト教の洗礼を受けている。デイヴィス邸は元公卿・柳原前光の邸宅で、御所の東端の清和院門内にあった。柳原卿は、東京遷都に合わせて上京してしまい、百部屋余りもある大邸宅は空き家となっていたのだ。当時、キリスト教の宣教師に部屋を貸してくれる大家京都御苑の柳原邸跡付近に立つ迎賓館(左/外壁、右/中庭)デイヴィスの墓(同志社墓地)