武田家三代年表帖 下巻

武田家三代年表帖 下巻 page 4/20

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はじめに~この本の使い方~この本は、信玄死去で家督を継いだ武田勝頼の生涯年表と、武田・上杉・北条・徳川・豊臣まで渡り合った真田昌幸・信之・信繁ら真田家一族の年表で、日付までを記載しています。一部不明な....

はじめに~この本の使い方~この本は、信玄死去で家督を継いだ武田勝頼の生涯年表と、武田・上杉・北条・徳川・豊臣まで渡り合った真田昌幸・信之・信繁ら真田家一族の年表で、日付までを記載しています。一部不明な月・日付に関しては、「-」で割愛をさせて頂いたり、「春」「中旬」などと、表記していますのでご了承下さい。特に重要と思われる事項(歴史的流れのために必要と思われた事件等)と、真田家関連は、太字で記載しています。本体となる戦国年表は、約100年間の出来事を追っています。目次年表は、この期間を17頁に圧縮しており、その項目の通し番号が記載されています。検索の一助として下さい。~太陰暦・太陽暦について~本書での月日の表記は全て和暦を採用しており、一部、西暦の表記とはズレが生じています。日本では、明治5年12月3日(=明治6年1月1日(西暦1872年1月1日))までは太陰暦(旧暦・天保暦)を、それ以降は太陽暦(新暦・グレゴリウス暦)を使用しています。そのため、太陰暦である和暦(旧暦・天保暦)の月日と、それに対応する太陽暦である西暦(新暦・グレゴリウス暦)の月日は一致しません。ご注意下さい。なお、太陰暦(太陰太陽暦)の1年は太陽暦の1年に比べて約11日短く、このズレは3年で約1月分(約33日)となります。このため約3年に1度、余分な1ヶ月(閏月)を挿入して1年を13ヶ月とした閏年を設けることで、ズレを解消しています。なお、閏月は閏●月と表記し、仮に閏4月があった場合、これは通常の4月の後に閏月(閏4月)が挿入されていることを示しています。例)「勝頼、信玄の葬式を恵林寺で営む」:元亀4年4月16日(西暦:1573年5月27日)武田勝頼の生涯……………………………………… 2~13はじめに…………………………………………………… 14目次年表………………………………………………15~31県図… 32愛知、33長野、34静岡・山梨、35新潟、36群馬、37神奈川・埼玉武田勝頼と真田家三代年表……………………… 38~238戦国史料等及び年表帖参考図書……………………… 239奥付……………………………………………………… 240真田家関連系図………………………………………… 表3目  次14