恋する幸村

恋する幸村 page 15/24

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それから半月後、さくらは10 人ばかりの従者と侍女に付き添われ、菊亭家の前から輿こ しに乗って、甲斐に向け出発した。輿に乗るなどということはもちろん生まれて初めての経験であった。三条橋を渡り始めた時、そっ....

それから半月後、さくらは10 人ばかりの従者と侍女に付き添われ、菊亭家の前から輿こ しに乗って、甲斐に向け出発した。輿に乗るなどということはもちろん生まれて初めての経験であった。三条橋を渡り始めた時、そっと御み簾すを上げると、先だっての野の分わきで水量を増した鴨か も川がわが、左右に蛇だ行こうしながら流れており、その向こうには、木々の紅葉でようやく色づき始めた如に ょ意いヶが嶽たけの山容が見て取れた。と、鴨川の土手に、多くの見物客に紛れて1人ぽつねんと佇たたずむ智丸の姿が見えた。さくらは思わず「あっ」と声を上げた。決意を固めていたはずなのに、やはり智丸の姿を目にすると気持ちがぐらついた。一瞬、智丸が自分を連れて逃げてくれるのではないかという期待が頭に浮かんだ。しかし、智丸はじっとこちらを見つめるばかりで、そのやせぎすな体をついに動かすことはなかった。後ろ髪を引かれるさくらをよそに、一行は山や ま科しなを経て大津に出、東海道を東に進んだ。甲斐の地は遠かった。いくつの山を越え、何本の川を渡ったことだろう。さくらは、正に地の果てへ連れてゆかれる思いがした。ただ、遠とおと江うみ国(静岡県西部)と駿す る河が国(同県中部)の境を流れる大お お井い川を船で渡った際、晴天にくっきりと浮き上がった名峰・富士を初めて目にした時ばかりは、この世のものと母の素性15