平清盛伝京都源平地図本

平清盛伝京都源平地図本 page 20/26

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平家を巡る女たち横笛よこぶえ生没年未詳やしまこれもり一ノ谷の合戦後、屋島にいた清盛の孫・維盛は、家族への思いを断ち切るように高野山に上った。そこで、かつて父・しげもりたきぐちにゅうどうときより重盛に仕....

平家を巡る女たち横笛よこぶえ生没年未詳やしまこれもり一ノ谷の合戦後、屋島にいた清盛の孫・維盛は、家族への思いを断ち切るように高野山に上った。そこで、かつて父・しげもりたきぐちにゅうどうときより重盛に仕えていた滝口入道時頼と再会する。時頼は、建礼門院の雑仕女であった横笛という美少女との恋に破れ、出家していたのだ。花見の宴で知り合った時頼と横笛は、愛し合うようになるが、時頼の父は、雑仕女が相手だと息子の出世は望めないと、2人の結婚に猛反対する。時頼は悩み抜いた末、俗世を捨て仏門に入る道を選んだ。それを伝え聞いた横笛は、時頼さがを捜し求めて嵯峨の僧坊を訪ね歩おうじょういんく。ついに往生院で時頼らしき読経の声に出会うが、時頼は居留守を使って会おうとしない。悲嘆に暮れ、泣きながら往生院をあとにする横笛。その後、彼女は病を得て死んでしまう(桂川の千鳥ヶ淵に身を投げたとも)。高野山に移っていた時頼は、横笛の死を知って自責の念に駆られ、今まで以上の激しい修行に明け暮れたのだった。ちなみに、滝口と再会した維盛は高野山で出家、熊野に詣でたなちのち、那智の沖で入水している。時頼が出家した往生院子院の跡とされる滝口寺(P56)しょうと鳥さいいんほっが、何人かの女房を連れて法ばじょうもん羽法皇の皇女・上西門院じかへ花見に出掛けた時のこと、女房の中にひときわ可勝寺憐のりな少女がいた。名を小宰相といい、警固に当たっていた教もりみちもり盛(清盛の弟)の子・通盛は、彼女を一目見て心を奪われる。通盛はさかんに手紙を送るが、小宰相は返事をよこさない。ある時、小宰相は通盛の手紙を道に落としてしまうが、それを拾ったのはあろうことか上西門院だった。きび50歳を過ぎ、人生の機微を知り尽くした上西門院は、あかえまり殿方を拒んでいては、却って自分のためにならないわよ、と小宰相を諭す。そして、彼女に代わって通盛への返事の歌したたまで認めてくれたのである。もともと小宰相の方も通盛を憎からず想っていたから、2人の仲は急接近、結婚へと突き進んだ。しかし、2人には悲劇が用意されていた。通盛は一ノ谷の合戦で戦死。その知らせを屋島へ向かう船上で聞いた小宰相は、通盛の子を宿したまま早春の海に身を投じたのだった。通盛と小宰相が出会った法勝寺の跡付近れん小宰相局こざいしょうのつぼね?~118460